2016年9月9日金曜日

コンスタンチノープルの陥落 13

オスマン帝国皇帝である21歳の若者は、海戦での手痛い敗戦を挽回するだけでなく、一気に優勢に持って行く方法はないかと考えた。


陸上側の外堀は、ほとんど埋め立てられていて、連日の大砲の攻撃により三重の壁の一番外側もほとんど破壊していた。

そこで一度、西側にいる不正規兵の一部をジェノバ居留区の近辺に呼び寄せた。






まず、行われたのは海岸から山へ向かう道を整備する事から始めた。
もともと、そこには人馬が通れるくらいの道があったが、入念に地固めがなされた。




地固めが終わると特大の木の板を敷き詰め、




その上に木製の軌道を作る。
兵士たちは少しサイズが大きいが大砲を運ぶものだと思っていた。





その上に金属製の荷台を取り付ける。
この荷台を取り付けたところでメフメト二世は自ら指揮をとって、軌道の下に欠落がないか何度も入念に調べた。

この時、セルビア兵の隊長であるミハイロヴィッチも一作業員として従事してた。
メフメト二世がそばにいたので、一度謁見している自分を覚えているかと意識したが、そんなセルビアの若者などに王は眼にも止めない。
彼の関心は軌道の出来具合だけだった。



次に命令された作業は誰しも信じられないものだ。

木製の軌道には動物の脂をまんべんなく塗られ、車輪付きの荷台に海中から引きずりあげた船が乗せられた。





それを左右に並んだ牛の群れで引き、船は人によって押したり引いたりして移動し始めた。





ガラタの丘の上の最も高い地点は、海抜60メートルは充分にある。
頂きに向かって押し上げた船は、そこで漕ぎ手を乗せ、上り坂と同じように作られた下り坂の軌道を伝って、金角湾の中へ滑り込む仕掛けになっていた。





これが世の言う「オスマン艦隊の山超え」であり、おそらく、日本人が本能寺の変を誰しもが知っているように、ヨーロッパの人たちでこの歴史的事件を知らない人はいないと思う。
この事業が成功した時、トルコ兵だけでなく、不正規兵として働かされている属国のキリスト教徒の間からも拍手や歓声が起こった。

戦争をしているというよりは、何か愉快な遊びがうまくいった雰囲気が支配した。

七十隻に及ぶ船がおもちゃの船のように次々と金角湾内に滑り込んだ。
驚いたのはもちろん東ローマ帝国側の兵士たちだ。
海戦での大勝利でまとまりかかった多方面の人々が、再びこんな事をさせて気づかなかった事に責任のなすりつけあいが起こる。

だいたい、ジェノバ居留区のジェノバ人が気づかないのがおかしい。
中立とは言っても何らかの情報を伝える術があるはずだ。
だけどこの作業の間も陸からの攻撃や海側からの大砲、ガラタ居留区付近での盛大なトルコ行進曲の演奏などで全くわからなかったらしい。

だが、ヴェネチア人である海軍総司令官トレヴィザンはこの想像外の出来事にも冷静に判断して、まだ全てのトルコ船が金角湾に進水する前に攻撃を仕掛ける作戦会議を開こうとした。

しかし、全てはビザンチン式にゆったりと行うのが習性になっている宮廷の返事は明朝開催するというものだった。

と言う風に、なんでも即決で行動を移せる専制君主側と、法律で縛られている国の行動のスピードが戦争では致命的な差が出る。

この前見た映画、シン・ゴジラに対する日本の首脳陣を思い出してしまうが、いずれにしても、こんな事をやり遂げてしまうのは一にも二にも、トップにいるメフメト二世がすごいと思わざる得ない。

結局、彼はオスマン帝国の兵士たちからその政治手腕を信頼されていた、と言う事だと思うし、東ローマ帝国の皇帝も民に慕われていたが、なんとなく48歳と21歳の将来に対する生命力の差を感じてしまう。

今回、僕もこの山越えの絵を描くとき、ネットであらゆる資料をできるだけ集めたが、はっきりとした絵がなかったので、細かい部分はほとんど想像で描いた。
塩野七生さんの本の説明では木の板はなく、木のレールだけだったけど、描いている最中に、何百トンとある船を引き上げるのに、どう考えても木の板がないと無理なような気がして描いてしまった。

しかし、船を運ぶために、船より大きい荷台を作るなんて発想がすごい。
これは今回、オスマン帝国がウルバンの8メートルもある巨砲を運ぶ技術から発展したものだと言うから、この戦争中にもドンドン最新鋭の発明が生まれていた証拠だ。

ローマ人の物語でも僕がいつも注目してしまう箇所は、こうした昔の人たちが作り上げる建造物だったり、今とあまり変わらないインフラ整備のところです。

塩野さんはそう言った物がどうやって造られたか、と言うところを自ら現地に行って、自分の目で確かめて、あらゆる資料に目を通しているので、面白い。

そのものづくりのプロセスを知ることで当時の人たちの考え、行動規範がわかる。
そして読者は言葉だけでなく、体感的にその時代の空気を把握できる仕組みになっているのです。









0 件のコメント:

コメントを投稿