今回の徒歩キャンプ、行きは地下鉄で新さっぽろまで行き、そこから汽車で千歳駅、そしてバスで支笏湖という流れです。
札幌から直接行ける交通手段はない。
確かに札幌から行くあの細く曲がりくねった道をバスは走れない。
支笏湖は昔から千歳市のものなのです。
汽車で直行で千歳まででもいいのですが、少し値段が高かったのと、家を出て始めは歩くが辛くて、すぐ地下鉄に乗ってしまったのです。
格好が紛れも無く「キャンプをしようとしている人」という格好なので、土曜日とは言え、仕事に行く人がたくさんいる早朝の地下鉄と汽車に乗るのは少し恥ずかしかったです。
当たり前だけど、他にこんなキャンプに行こうという姿の人は見られない。
明らかに休日に浮かれて飛び出した「アウトドアおっさん」というカテゴリーに脳内保管された事だろう。
しかし本当、信じられないくらいキャンプという格好だ。
キャンプのコスプレと言ってもいい。
カルタで「き」の文字があって、この格好の絵でも絶対間違いない。
しかし、千歳駅に着いてみると、4分後に支笏湖行きのバスが出てしまったみたいで、次のは2時間半後の11時51分だった。
いきなりクソほど暇になった。
仕方がないのでiBookで塩野七生の「コンスタンチノープルの陥落」を読んだが、意外とハマってズルズル読んでしまった。
ローマ人の物語はコンスタンチヌスが東ローマ帝国を築いてローマが西と東に分かれて一応は終わった。
あとは足早に滅亡までサラサラっと省略されていたが、これは1冊ながら、その後の完全に東ローマ帝国が滅亡するまでの経緯にピンポイントをあてた話です。
国の興隆があって滅亡を描く物語はあれども、初めっから滅び行く国の末路を題材にしたものはあまりない。
とにかく明るい話題はない。
すべての事柄に「量」が乏しい。
それは食料であったり、金、人間、信頼などなど、常にギリギリで、読み進めるたびに切なさが何重にも重なってくる。
少しずつ、少しずつ、自分勝手にいいように解釈していたものが、一番考えないようにしていた最悪のシナリオに飲み込まれていく。
国と言うものは人間が作ったもので、当然ながら人間の心のように、都合よく物事は進まず、時代に翻弄されていくのであった。
たたでさえ、一人で徒歩キャンプという、すごい寂しい環境なのに、なんで滅びてく話を読んでいるだろうと思ったが、めちゃくちゃハッピーな話を聞かされても、それはそれでしんどい。
そう思うと、すり減る現状を少しでも保とうとするこの状況は、あんがい今の気持ちにピッタリだったかもしれない。
そんな小難しい事を考えるに2時間半はうってつけだった。
この強制的な暇な時間は悪くない。
ごちゃごちゃした雑音がない。
旅とはこの空間を過ごすためにあるものだ。
朝、早く起きて用意とかして家を出たので、急に眠気が出てきた。
外は寒くも無く、暑くもない、ちょうどいい気候だったので、駅前の石のベンチで寝てしまった。
これもキャンプのコスプレをしているから、全く恥ずかしくない。
この姿はどこでもこのように寝ていいライセンスの役割も果たしている。