元旦。
という意識はすでになく、いつもの休日のようにダラダラと過ごしてました。
できる事ならそういう行事的なものを意識しない方がいいと思います。
ただ思いっきりダラっとしたいのに、妙な儀式的な束縛に捕まりたくないのです。
毎年爆笑ヒットパレードが見たいのですが、母さんが箱根駅伝を見るので見れません。
そして腑に落ちないのは当の本人がそれほど内容濃く見ている訳ではないって事です。
どこが1位とかはどうでも良く、ただ時間切れでタスキを渡せずに無く若者だけを見たいのではないかと疑っています。
確かにあそこは何とも言えない気持ちになりますが、走っている本人達も緻密なタイム計算やシュミレーションにより、やる前から大体予想もついてる所だとも思うので、少し冷めてしまうのも否めないです。
僕が監督だったら、いっその事一番えげつない泣き方をしそうな選手を予想して配置するかも知れない。
宝くじははずれました。
いや「はずれた」と言う表現がおかしいかもしれない。
「はずれる」と言うにはもっと現実的な確率で言うものであって、これは参加したと言うものだろう。
考えてみれば5ケタの数字が揃うなんて絶対無理だと思う。
4万人詰め込んだ札幌ドームで400号本塁打記念ボールをキャッチするようなものだ。
来年はミニ宝くじにします。
あと実家のネコことキリコが重大なケガを負っていました。
爪が伸びすぎてどんどん肉にめり込んでいたのです。
今までは爪研ぎとか自分でしていたのですが、年をとってくるとそういうのをしなくなるそうです。
母さんもこんな事は初めてだったみたいで、いつも申し訳ない気持ちだったみたい。
3日に病院に連れて行ったところ、えらい混んでいて正月明けはどこでも同じなのだと思いました。
長い間待合室で待っていると、向かいに座っていたご婦人の抱いているワンちゃんはどうやら下半身がダメになったらしく、車イスになるそうでした。
そばで立っているご主人がそのかわいそうなワンちゃんを抱いてるご婦人に向って
「佐々木さんのところも車いすだったけど、元気に走り回ってたぞ、何とかなるもんだ」
と励ましていたけど、何とも気持ちの整理がつかないようでした。
でも救われるのは動物達はそれを不幸な事と思わない事だと思います。
3本足なら3本足で、車イスなら車イスで、受け入れるでもなく避けるでもなく、その瞬間瞬間の生をまっとうしていくと思います。
それは強いとか弱いではなく、ただ単に知能がないと言う事で片付けられるかも知れません。
だけど動物にももちろん感情はあり、飼っている主人が長期間いなくなって明らかに元気を失くしてしまうの見ると、幸不幸と言うものを感じていると思います。
でもそれが自分の身体的な不幸になると感じないのは、考えの中心に自分を置いてないと言うか、実に自然界の掟に従っているどこか神に近い存在かも知れません。
「暴れるかもしれないので気をつけて下さい」
と言われ多少身構えてましたが、ステロイドの注射を打てど、食い込んだ爪を引っ張れど声一つ出しませんでした。
ついついこういう姿を見ると「かっこいい」と思ってしまいます。
密かにこのプライドの高い猫の情けない所を見てみたかった気持ちもあったのですが、またしてもこいつに負けました。
計3カ所、爪が深く食い込んでいてかなり出血しましたが、この程度のものは獣医さん達は大した事でないらしくすぐに終わりました。
「ピンクになっていないところは切っていいですから」
と何のためらいもなくバチンバチン切って行きました。
その知識がない故にお金を払うのです。
薬も合わせて3,700円くらいかかりました。
レジの数字を見ていた所、600が4回繰り返されたので一足600円で残りは薬代なのかと思いました。
保険がきかないので、これが1万円になりますと言われれば、はいそうですかと払わざるえないペット治療の世界です。
続きます。
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